書けなかった時間も、発信の一部

他人事だと思っていたような出来事が突然自分の身に起こり、びっくりして、思考と感情、時間が止まっていました。言葉が何も出てこない。自分の気持ちを誰かに話すことはできても、それを文章にするのは、想像以上にエネルギーがいるものだと痛感した体験でした。

価値ある発信をしなきゃのプレッシャー
ブログを書こうと思うと、つい「価値ある発信をしなきゃ」と考えてしまいます。役に立つ情報を、前向きなメッセージを、きちんと整理された思考を。そんな「べき論」が頭をよぎるたび、書けない自分を責めたくなります。
でも今は、こんなふうに考えています。
書けなかった時間、立ち止まった時間、何も言葉にしなかった時間も、発信の一部なのではないか。
書けない時間を仕込みの時間に変える
感情を無理にポジティブに変換しなくていい。ショックを受けた自分、動揺した自分、何も書けなくなった自分を、ちゃんと味わう時間が必要だったのだと思います。
言葉にならない感情と向き合い、自分の内側で何が起こっているのかを理解しようとする時間。それは表面的な発信では得られない「深み」を育てる仕込み時間だったのだと、今は思うことにしています。
自分らしさが生まれる瞬間
何かを書くなら、輝いていなければいけないわけじゃない。いつも答えを持っていなければいけないわけでもない。迷い、戸惑い、ときに沈黙する。そんな人間らしい時間も含めて、その方らしい「発信」なんですよね。
体験したことのない感情を通り抜けたからこそ、同じような境遇の誰かに届く言葉を紡げる。これが型通りではない「自分らしさ」なのかもしれません。

X(Twitter)の予約投稿だけは途切れないようにした
よかったなと思うのは、X(Twitter)の予約投稿だけは途切れないように続けられたことです。心が折れて何もできなくなってしまったとき、淡々と時間通りに投稿されている投稿を見るのは、ひとつの慰めになりました。
どういうわけか、こういうときほど、コメントがついたりします。しかも、ずっと話したいなあと思っていた方がくださったりして。ひそかに励まされました。私にコメントする気力はないのに。
私にとって言葉の力は特別で、言葉によって支えられ、生きてきたので、どんな形であっても、言葉を途切れないようにすることは、私の命綱であると改めて実感もしました。
伝わる力は「味わった深さ」から生まれる
もし、いま書けなくても「その時間も、ちゃんと発信の一部になっている」と信じています。次に書くとき、きっと、もっと深く伝えられる。感情を無理にポジティブ変換しなくていい。ちゃんと味わったことが「伝わる力」になる。そんなことを、身をもって学んだ時間でした。
その間に読んで心を取り戻すきっかけになったのは、中村天風の話を伝えるこの本でした。
『中村天風 怒らない恐れない悲しまない』池田 光著
ブログを書こうという意欲が戻ってきた自分を、まずはねぎらいたいと思います。そして、書けなかった時間も含めて、すべてが今の自分を作っているのだと受け入れて、次に進む。
今日は何の内容もない記事なんですけど、何かひとつでも書かないと、このままずっと書けなくなりそうなので、自分のために書きました。