独立した人が陥りやすい自己犠牲について
「この案件は、予算は少なめですが、今後につながる可能性がある案件です」
「今回は無理なお願いかもしれませんが、追加予算はないんですけど、この作業もお願いできませんか?」
「納期が厳しいのですが、なんとかお願いできませんか?」
独立して仕事をしていると、よく耳に入ってくる言葉です。
「プロフェッショナル」の意味
私はだいたい「はい、承知しました~」と返事をしていました(居酒屋か)。自分の時間を削ったり、体調を崩すリスクがあったり、予想したギャラより低くなっても、だいたい「はい、喜んで」です。実際だいたいできますし、収入は減るより増えたほうがうれしいからです。
クライアントの要望にできうる限り応えるのがプロフェッショナルと思っていましたが、自己犠牲を払ってでも応えることは、誰の幸せにもつながりません。こういった仕事のしかたはプロフェッショナルではないと、今は思っています。
バリエーション豊かな自己犠牲スタイル
自己犠牲といっても、いろんなスタイルがあります。思い浮かぶものを挙げてみます。
■ 時間的な自己犠牲
- 休日返上で作業
- 深夜まで残業
- 予定よりも大幅に時間がかかっても請求しない
- 急な依頼でも予定を調整して対応
■ 金銭的な自己犠牲
- 適正価格以下での受注
- 追加作業の無償対応
- 「今後につながるから」と言われての値引き
- 支払いの大幅な遅延を受け入れる
■ 精神的な自己犠牲
- 価値観の違う仕事を受注
- クライアントの無理な要求も我慢
- 言いにくいことを言えないまま作業を続ける
- 自分の体調や生活リズムを崩してでも対応
どれも「このくらいなら……」「今回だけなら……」と始まります。でも、この「今回だけ」が積み重なり、いつの間にか日常になってしまいます。加えて、こういった人のよさを利用する悪い人もいます。
もちろん、正しい依頼もあります。緊急対応の依頼は特急料金をいただくこともあって、1件あたりの利益が通常より高くなります。短期間で普段と同じクオリティの成果を出せると、正直なところ達成感もありますし、うれしくなってしまいます(笑)。
でも、勢いでやれてしまう分、反動も大きいです。体調が微妙に崩れます。結果的に、その微妙な体調の悪さが、次の仕事に影響します。
自己犠牲的な働き方をしてしまう理由
なぜ自己犠牲的な働き方をしてしまうのか。私の場合、いくつか理由があります。
- 「クライアントファースト」の考え方を履き違えていた
クライアントの要望に応えることは大切ですが、自分を削ってまで応えることは、本当の意味での価値提供ではありません。 - 「この仕事を逃したら、次の仕事はないかもしれない」という不安
独立したてのころはとくに、この不安が強かったように思います。だから、無理な条件でも受けてしまいます。 - 「今回だけだから」という言葉につられて
たいていの場合、今回だけで終わりません。一度受けてしまうと、それが普通になります。追加作業も、値引きも、無理な納期も同様です。
長期的にクライアントにも悪影響を及ぼす
自己犠牲的な働き方は、クライアントにとっても悪影響となります。
たとえば、追加作業を「まあいいか」と無償で引き受けてしまうと、「この程度の作業なら無料でできる」とクライアント側に認識違いが起こってしまいます。結果として、クライアントは本来かかるべきコストや時間の見積りを正しく認識できませんし、誰かが呑んだ「無償対応」をまた別の誰かが呑むことになります。長期的に見ると、業界全体の価値を下げることにもつながります。
もちろん、無償対応している側も、心が折れていたり、モチベーションが下がってしまうと、クライアントに対して本質的な提案がしにくくなります。「言われたとおりにこなす」「決まった範囲の中でしか動かない」「新たなアイディアは出さない」といった仕事ぶりになってしまいます。
きちんと線引きして、自己犠牲を被らない
なので、反省も踏まえて、前回の記事でも書いた「三方よし」の考え方を、自分なりに線引きのラインとして設けています。詳しくは下記の記事にまとめています。
■ 適切な境界線を引く
- 作業範囲は事前に明確に定義する
- 追加作業が発生した場合は、必要な工数と費用を提示する
- 無理な納期は、きちんと理由を説明した上でお断りする
■ 価格設定の考え方を整理する
- 適正な価格の根拠を明確にしておく
- 値引きの条件は事前に決めておく
- 特急対応の場合は、その後の回復時間も含めて料金設定する
■ コミュニケーションの工夫
- 提案時に複数のプランを用意する
- 無理な依頼の場合は代替案を提示する
- 自分の働き方や価値観を事前に説明する
線引き後、いいほうに変わったこと
実際にやってみると、発見がありました。
たとえば、追加作業が発生したときに「申し訳ありませんが、この作業には○時間ほど追加で必要になります。追加費用の目安は○円になりますが、いかがでしょうか?」とお伝えすると、多くの場合ご理解いただけます。
特急対応も、事前に特急料金が発生する旨をお伝えすると、クライアント側でも「本当に急ぐ案件かどうか」を見極めていただけるようになりました。
値引きを求められたときは、作業範囲の削減調整をご提案します。するとクライアント側で再検討の上、「削除した部分は必要である」と判断が出て、追加予算か次のフェーズで対応するなどの措置が取られるようになりました。
線引き後、悪いほうに変わったこと
もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。
追加費用と時間数を相談した途端に「今回はやめておきます」と言われることもありますし、値引きや無償対応がなくなったことで、次の依頼がなくなることもあります。仕事として当然の相談なのにそういう対応をされると、自己肯定感が下がることもあります。「私が悪かったのかな」「黙ってやればよかったかな」と。
でも、それは違います。このやり取りをしたことで価値観の違いがわかりましたし、無償対応のリスクを背負わずに済んでよかったのです。
穏やかに暮らす働き方がしたいなら
ポイントは、「できません」ではなく「こういう方法ならできます」と提案することです。そして、自分の限界を正直に伝えること。そのほうが話が早いです。
自己犠牲は必要ありませんし、自分を大切にする選択をすることで、よりよい仕事ができます。私はこのことを痛感して実践できるようになるまで、5年近くかかってしまいました。とくに売上が下がったときは、売上を失う怖さで、無償対応や値引きを呑んでしまっていました。
余談ですが、会社員だったとき、個人事業主の方のお手伝いを無償(あるいは商品提供等)でしたことが数度あります。当時は報酬をいただくと困る状況だったのでそれでよかったのですが、無償対応はある意味ラクなので、クセになります。
「自分の勉強になる」「成長につながる」「いろんな業種を知ることができる」「やってみたかったことができる」「無償対応だからやりたいことがやりやすい」
無償対応をする言い訳はいくらでもあります。全部間違いです。こちらが思っているほど、こちらの負担を相手は重く考えていません。デジタルマーケティングは、可視化されない思考作業が多いからです。
また、値引きに無償対応、レベニューシェアの依頼が、フリーランスやひとり会社をしているととても多いです。デジタルマーケティングをやっていると、企画・戦略立案などの初期構築をはじめ、下手すると制作やライティングも入ってくるので、引き受けてしまうと簡単に破綻します(破綻しました)。
自己犠牲的な働き方は、長く続けられる働き方ではありません。穏やかに暮らす働き方がしたいならなおのこと線引きをしっかりして、失う怖さを恐れないことです。自分への戒めのためにも記事を書いておきます。